19 December 2024 • 桜井林太郎
――世界で原発利用が今後拡大する見込みなのでしょうか?
原子力のトレンドを見るには、複数の視点を長期にわたって見すえることが重要だ。
世界の原発による発電量のピークは2006年で、11年の日本の東京電力福島第一原発事故でぐっと落ち込む。13年以降上昇傾向も見られたが、頭打ちとなっている。
この15年間は中国の台頭がめざましい。23年には世界全体で前年より2.2%増えたが、中国が2.8%増えており、残りの国だけだと1990年代半ばの水準にすぎない。統計的には中国だけ別途に扱うべきだろう。
一方、世界の全電力量に占める原発のシェアは96年の17.5%をピークに下がり続け、23年はその半分程度の9.15%まで落ち込んでいる。
――原発の基数はいかがですか? 稼働している原発の数は80年代までに順調に増えたが、その後は頭打ちとなり02年の438基が最多だ。福島の事故で落ち込んだ後に、持ち直すかと思ったが鈍化し、18年以降にまた頭打ちとなって24年7月現在で408基だ。
設備容量でみると06年がピークの367ギガワットで、24年7月時点も同じ水準だ。ただ発電量は減っている。つまり、実際はフルに発電していない原発も多いというわけだ。
――閉鎖も進んでいます。
世界の新規原発の運転開始は04~23年で102基で、閉鎖が104基。この間、中国は運転開始が49基で閉鎖は0基。中国以外では53基が運転を始めたが、104基が閉鎖し、差し引き51基減った。
23年初め、その年には9基が運転を開始すると計画されていたが、実際に動いたのは5基。建設の終わりの段階になっても、原子力業界はいつ稼働を始められるのかを見通せていない。
建設前にこれぐらいで動かしたいと検討しても、実際にはなおさら難しい。23年には世界で5基の運転開始に対し5基が閉鎖した結果、発電容量は差し引きで1ギガワット減った。つまり閉鎖分の方が大きかった。
1959年ドイツ生まれ。フランスに在住するエネルギー・原子力政策の独立系の国際コンサルタントとして、世界中の研究者らと連携して「World Nuclear Industry Status Reports」を毎年発行している。環境や平和運動の実践家に贈られ、「もうひとつのノーベル賞」といわれるライト・ライブリフッド賞を97年、高木仁三郎さん(故人)とともに受けた。
建設中の原発は79年が最も多く234基だが、いま(24年7月現在)はその4分の1の59基。59基のうち中国が半分の27基。中国を除いた国では32基となり、90年以降のこの35年は大きな動きはなかったといえる。32基というのは1959年の黎明(れいめい)期と同じ水準だ。 新規の建設開始は、世界では76年の44基がピークで23年は6基。今年は7月までに4基。この15年は中国が圧倒的な強さで、20年からの35基のうち中国が22基。残り13基はロシアの原子力産業が建設にかかわっている。
――ロシアの国際的なプレゼンスが大きいと。 ロシアの原子力産業が、新規参入国のバングラデシュ、エジプト、トルコで建設を請け負っている。スロバキア、イラン、中国、インドでも手がけている。あと海外で手がけているのは、英国で2基建設中のフランスだけ。
■中国が自国で、ロシアが海外で 過去5年間で着工した原発をみると、「中国が自国でつくっていて、ロシアが海外でつくっている」ということ。これが現状を表す一言だ。
――ロシアは22年にウクライナに侵攻したが、その影響はありますか? 23年の欧州向けの原料ウランの調達や転換、濃縮サービスは2年前に比べ、ロシアへの依存度がむしろ上がっている。欧州にはロシア製の原発が19基あるが、欧州全体でロシアからの燃料集合体の輸入は2倍以上になっているのが実態だ。ウクライナの原発15基もロシア製だ。
――原発建設は遅延が大きな問題となっています。 建設は多くで遅れている。何十年も前に着工したのにいまだ建設中のものもある。23年までの過去3年間に9カ国で完成した18基の建設開始から運転開始までの平均期間は、想定していた5~6年の約2倍の10年超もかかっている。これは過去20年間の経験と変わらない。
中国での原発建設に焦点をあててみても、事業者ごとに見ると、最近では工期が長くなっていて、マイナスの学習効果だ。ふつうは学習効果で工期が短くなりコストが安くなるはずだが、そうなっていない。中国企業もここ数年で工期が短くできず、9~10年かかった場合もある。
――日本では「既設炉の最大限活用」もうたっている。 このため、原発の平均稼働年数は長くなっている。米国が42年超、フランスが39年。世界平均は32年で、日本も同水準だ。
――脱原発を果たしたドイツでは23年、電力の輸入量が輸出量を上回りました。原発がないと電力不足の心配はないですか。 ドイツの10年と23年の国内の電力消費量の内訳を比べると、化石燃料が150テラワット時、原発が133テラワット時、それぞれ減った。一方、再生可能エネルギーが167テラワット時増えて、省エネで90テラワット時を浮かし、差し引き分の26~27テラワット時が輸入超過量となった。ただしこれは供給力の問題ではなく、市場取引での(安さの)結果だ。
――原子力産業は、初期費用が安いとして次世代の小型モジュール炉(SMR)を期待しています。日本政府も海外事業への参画や研究開発を支援するとしていますが、現状はいかがですか。
まずアルゼンチンが14年に建設を始め、17年に燃料装荷(そうか)をすると言っていたが、予算のカットで建設は中ぶらりんとなり、28年の運転開始と言っている。インドでも長きにわたりプロジェクトを進めようという動きがあったが、実際に建設が始まった兆しはない。
実際に動かしているのは中国とロシア。中国は高温ガス炉を稼働させたが、出力を25%低減している。何らかの形で設計上の問題が起きている可能性がある。ロシアは船舶型が2基あるが、いずれも稼働率が低く、うまくいっていない。
――データセンターなどで電力多消費施設向けの脱炭素電源として、米国ではマイクロソフトやアマゾン、グーグルなどのビッグテックも投資に熱心です。
ビル・ゲイツは次世代ナトリウム高速炉に熱心で、「建設開始」のポーズをとったが、設計自体が承認されていないし、実際に建設も許可されていないので、実行とはかけ離れた状態だ。アマゾンやグーグルも供給者と契約を結んだが、様々な技術的な課題を抱えており、これまた認証を得ておらず、使えるものではない。どんな合意内容なのかさえもわからない。
■投機と長期の区別必要
――大げさに宣伝されていると?
原発への投資は、投機的なものと、戦略的な長期的なものとを、区別する必要がある。実際にSMRに長期的に取り組んでいる企業は限られており、投機的な投資が目立っている。投機としては動きが激しく、短期で多くのお金を生み出すことができ、魅力的なのだろう。売るものがまだなく、認証された設計もない企業が、株式上の企業価値が数十億ドルとかあるのはまさに投機としか思えない。
――原発のライバルとなる再生エネとの競争はいかがですか。 発電コストを継続的に見ると、わかることはわりと単純だ。原発は過去15年間で1.5倍になった。年5~10基程度つくるのでは学習効果は限られているからだ。
競争相手は違う。風力は年に数万基、太陽光は数億モジュールなので、学習効果が高くコストが下がり、いまでは原発の3分の1程度だ。23年に再生エネに6千億米ドル以上も世界で投資決定されたが、原発は10分の1以下。電力量も原発は世界で過去10年の間、2500テラワット時程度で横ばいだが、再生エネは水力を除いてもその1・8倍にもなっている。 ――原発建設が増えている中国ではいかがですか。 中国では原発以上に再生エネが伸びている。太陽光の設備容量では23年に前年より200ギガワットも増えた。中国は世界で唯一、原発に対して積極的に投資を進めてきた国だが、再生エネと比べるとそれも限定的といえる。発電量でも22年に太陽光が原発を抜いた。風力は10年以上前に原発を抜いている。 ――原発は将来どうなりますか?
■ファンタジーの世界ではいけない この仕事に40年以上かかわってきた。予測できないが、いまどこにいるかはよくわかる。原発についてファンタジーの世界ではいけない。真理を見極める必要がある。
気候危機へ対応するのに、時間軸として原子力で間に合うか。放射性廃棄物をどうするか。投資が少なく、時間が足りないことを想定すべきだ。原発はつくり始めても実際にできない場合もある。 技術者の問題もある。新規原発をつくるのに大卒の新人というわけにはいかない。経験ある能力高いエンジニアが必要だが、少なくなっている。
――現実を冷静に見る必要があると。 政治的な発表と実際の意思の間に隔たりがある。SMRも実行できるレベルまでいっていない。欧州や米国では1基もできていない。
SMRがうまくいくには、設計して許認可を得て着工して、まず試作機をつくる必要があるが、それだけでは投資しようとはならない。投資家を説得するには、SMRの工場があって、実際に発電所ができていないといけないが、果たして、何百基とつくれるものだろうか。
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